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副代表世話人 下村 忠利 弁護士
この世(宇宙)がひとつぶの粒子の大爆発により発生してから150億年、地球が出来てから56億年、DNA型生命の発生からようやく30億年がすぎました。この世以外にも宇宙は他にいくつか存在していると言われています。
この世で知的生命体となった人類が意識を有しはじめてから数万年、社会・国家を形成するようになってわずか数千年です。釈迦は、「草木国土悉皆成仏」(『大般涅槃経』)と言って、すべての生命体(一輪のバラの花も路傍の野良猫も台所のゴキブリも細菌も)が、同じらせん構造の遺伝子を有していることを見抜いていました。ものすごい想像力であったといえます。
人類の営みの中で社会・国家はさまざまな形態をとってきましたが、今はやりの民主主義イデオロギーにもとづく国民国家が誕生してから、まだわずか2百年くらいしか経っていないのです。いま、国民国家の統治を強固にする方策として、国家権力が人間を裁く手続にその国の国民を参加させようという発想が生まれています。司法への国民参加というスローガンです。これは、「メディアが政治権力を持ち始め」(レジス・ドブレ)ている現時代においては、大いなる虚構とも言えます。
私には、この世の変転もエントロピーの法則どおり崩壊一途の経過をたどっていくように思われてなりません(弥勒菩薩が救済にあらわれるのは56億7000万年後ですから、あと7000万年もあります)。
これから日本国家において始められようとしている裁判員制度は、もともと裁かれる人間(被告人)のための制度ではないのです。国民国家としては、多数の国民のための制度を考案したとしても、敵対的立場にある少数の者のための良い制度をつくろうとするはずもないでしょう(裁判員となれるのは公民権を有する国民だけです)。まず、このことをはっきりさせておく必要があります。
しかし、そのうえで重要なことは、裁かれる側の人間にとって、裁判員制度発足というこの機会に、今までよりわずかでもましな刑事司法の運用がなされ、権利が前進するように闘うのも、われわれ人類の叡智のひとつではないかということです。
今、この点において、日本国に生まれた弁護士という職業人のなかでも、横文字の好きなアメリカ国かぶれの有能な方もおれば、裁判員制度そのものを嫌悪する鋭敏な方もおられるようです。しかし、たとえ見解は異なっていても同じ人類として、「別れても末に逢わんとぞ思う・・・」(崇徳上皇)との心を忘れるべきではないのです。
常々私は、誇りある志士の気概は「おもしろきこともなき世をおもしろく・・・」(高杉晋作)という熱き心であると思っています。
この世ではまたたくような一瞬の生であるとはいえ、果てしなき時空を超えた無限の想像力を発揮して、この世における闘う刑事弁護に命を燃やしてはどうでしょうか。
弁護士 下村 忠利(しもむら ただとし)
略歴
昭和47年3月 京都大学法学部卒業
同50年4月 司法研修所入所(29期)
同52年4月 大阪弁護士会登録
大阪弁護士会刑事弁護委員会委員、日弁連
刑弁センター委員など歴任
平成16年3月 大阪刑事こうせつ法律事務所所長に就任
同19年4月 大阪パブリック法律事務所所長に就任
同22年 下村忠利法律事務所を設立
同25年6月 大阪パブリック法律事務所の三代目所長に就任
著書
「実務刑事弁護」(三省堂)、「刑事弁護の技術」(第一法規)、「刑事手続の最前線」(三省堂)、「ハンドブック刑事弁護」(現代人文社)など共著多数